東京裁判(極東国際軍事裁判、1946年5月~48年11月)の実態は「マッカーサーの裁判」と言っていいだろう。本来なら、民主主義の原則の下で、きちんとした裁判が行われるべきだったが、戦勝国による敗戦国への憎悪に満ちた判決になってしまった。
重要なことは、教育を受けた当時の知識階級の米国人がそれを理解していなかったことだ。彼らはアジア人に関心がなかった。日本人を自分たちと同じ人間とみていなかったわけだ。
戦争に負けた日本は東京裁判を受け入れたと解されている。しかし、それは間違いだ。
「戦犯」として裁かれた東條英機らは犯罪者ではない。戦勝国による「判決」を押し付けられたにすぎない。それは、東條の主任弁護人を務めた清瀬一郎が裁判冒頭、ウェッブ裁判長に「裁判の管轄権」を尋ねたことでも明らかだ。清瀬は、東京裁判が正当な裁判ではないと訴えたのだが、ウェッブ裁判長は回答を避けて裁判を続けた。
ドイツに対してはニュルンべルグ裁判(45年11月~46年10月)が行われたが、日本よりはるかに短期間で終わっている。欧米人同士で妥協を図ったわけだ。
東京裁判は悲劇だった。裁判を傍聴した人から聞いた話だが、法廷の雰囲気はとても暗かったという。建前の「公正な法により裁かれる」は到底期待できなかった。
そもそも、正義というのなら、広島や長崎への原爆投下が必要なく、単なる報復だった事実をどう解するのか。日本の主要都市を空爆して、非戦闘員である多数の一般市民の人命を奪ったことは犯罪ではないのか。
連合国は、ただ日本を辱め、徹底的に打ちのめしたかったのではないか。そこには、正義のかけらもあるはずがなかった。東京裁判はただの復讐劇にすぎない。
唯一、インドのパール判事だけが、意見書で「日本は国際法に違反していない」「被告人は全員無罪」と述べている。パール判事の顕彰碑が靖国神社に設置されているので、ぜひ見てほしい。たった1人で正義を語ったその顔は、厳粛さと崇高さにあふれている。
問題は、パール判事の意見書が法廷では公表されなかったことだ。他の判事たちが、パール判事の意見を入れようとしなかった。彼らには都合が悪かったのである。
東京裁判では、本来裁かれるべき「侵略戦争をしたのはどちらなのか」は取り上げられなかった。根底には、白人が有色人種を侵略するのは「文明化」であり、有色人種が白人を侵略するのは「神への冒涜(ぼうとく)」「犯罪」という白人優位の思想がある。
日本人はこうした歴史的事実を認識して、東京裁判の意味を見直す必要がある。いつまでも、その呪縛にとらわれたまま、自国の歴史を他者につくられることを許してはならない。
【目覚めよ日本】公正な判決など期待できなかった東京裁判は復讐劇 根底に白人優位の思想 (1/2ページ) – 政治・社会 – ZAKZAK
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