(ニュース記事)「建前」だった反日を「国の政策」にした韓国 難しい関係正常化

【戦後アジアにみる 日本軍の遺産】「建前」だった反日を「国の政策」にした韓国 難しい関係正常化 (1/2ページ) – 政治・社会 – ZAKZAK
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 朝鮮戦争(1950-53年)は隣国にとって大変な悲劇だった。同じ民族が殺し合い、韓国と北朝鮮の軍人と民間人約500万人が犠牲となった。北も南も国として成立直後で、両国の軍隊は外国の支援を受けた。

 当時、韓国軍の上級指揮官は、かつての日本軍か、その影響下にあった満州国軍で教育を受け、任務に当たった人々だった。

 朝鮮戦争当時の参謀総長、丁一権(チョン・イルグォン)陸軍大将や、のちの朴正煕(パク・チョンヒ)大統領は、満州国軍官学校(士官学校)を卒業して同国軍で軍務についた。日本の陸軍士官学校を卒業した金錫源(キム・ソグォン)陸軍少将は首都師団を率いた。彼は日中戦争の活躍で、大変な名誉とされた日本の金鵄(きんし)勲章を受勲している。

 のちに参謀総長になった白善●(=火へんに華)(ペク・ソニョプ)陸軍大将は、満州国軍勤務の後で、開戦時に30歳の若さで第一師団(師団は1万人強の規模)の指揮を執り、釜山近郊で北朝鮮軍の進撃を止め、北朝鮮の首都・平壌占領で一番乗りを果たすなど奮戦した。現在は94歳で「救国の英雄」と今でも尊敬されている。

 韓国はその後、軍人出身者が政財界の中心に付いたが、日本の旧軍人と交流を続けた。

 朴正煕氏は陸軍少将からクーデターで61年に政権を獲得した後、表では「反日」を唱えたが、日本からの来訪者や旧友の前では「日本の統治は貧農の自分であっても教育を受けられるなど、公正な点があった」と、全否定はしなかったという。

 最近、韓国の日本への敵意がさまざまな場で目立つ。かつて韓国の「反日」は、国をまとめるとか、軍事政権の不満をそらすなどの意図を持って、建前で行われた面があった。ところが、日本を知る人たちが世代交代で少なくなり、建前が「国の政策」に変容してしまったようだ。

 韓国では日韓の軍事面での交流の歴史は、もはや語られなくなっている。さらに過剰な反日意識によって、過去の自国の歴史認識も大きくゆがみ始めている。

 韓国の有力紙「朝鮮日報」の2012年10月22日の記事によると、市民活動家出身で、野党・民主党の金光珍(キム・グァンジン)議員(当時32歳)が、前出の白将軍が満州国軍時代に、朝鮮独立軍を討伐した可能性があるとして、国会の国防委員会で「民族の反逆者」「国は白氏に与えた栄誉を剥奪せよ」と主張し、騒ぎになった。

 白将軍は回顧録で「朝鮮独立軍など見たこともないのに、どうやって討伐できるのか」と語っている。さすがに、この誹謗(ひぼう)は「32歳の議員が、老英雄を罵倒」と問題になったが、韓国の反日感情の異様さ、根深さを示すものだろう。

 日本軍と韓国軍にかつて存在したつながり。それは、異様な共産主義体制を採用する北朝鮮による南北統一の野望を妨げ、韓国を守った。その歴史的な事実が「反日」という感情で消されてしまう。こうした危うい反感を変えない限り、日韓関係の正常化は難しいかもしれない。 (ジャーナリスト・石井孝明)

(一定期間経過後に消えてしまうようなニュース記事を掲載しています。)

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