コラム

Column

盛者必衰からの脱却

盛者必衰という言葉があります。勢い盛んなものもやがて必ず衰えていくという意味です。それを人間社会へも応用し、制覇したものがやがてその勢いをなくし衰え別なものに替わっていくことを言います。

この言葉は、自然が移り変わっていく様子も表現することがあります。

自然には四季があります。冬の厳しい寒さを越えた植物が春に芽吹き、葉を広げ大きく成長し夏を迎え、そして秋には葉も枯れ衰えてくように見えます。盛者必衰を表しているように見えますが、単に衰えたのではありません。多くの植物は秋には実を結び大きな収穫をもたらします。実りの秋です。そしてまた季節が廻れば春が来、また芽を吹き、このサイクルを繰り返します。

国家の場合も、あるものが権力を握り盛者となり、国の権力を握ってある期間過ぎると新しい力によって滅ぼされます。盛者は入れ替わっていきます。この時、前の権力で実ったものが蓄積されさらにその実りが積み重ねられるようであれば自然のサイクルにも似ることになります。盛者は去るが実りが残り発展するからです。しかし、多くの場合それは限定的で、新しい権力は前の権力を駆逐し、実りの蓄積どころか破壊し新たなものを造ってきました。力で権力を奪い取り、やがて力で奪い取られます。人間社会における盛者必衰はそのような愚かな繰り返しをしてきています。

近代日本の経済の盛衰を見てみます。

日本は島国という特性も手伝い独自の文化を築いてきました。他の国のように、国の主権における争いはありましたが、国民は勤勉で誠実で調和を重んじる文化を形成してきました。しかし、戦前はその日本が世界の中で大きな存在感を持つことはありませんでした。

日本は第2次世界大戦に参戦し、全面的に敗れ無条件降伏をしました。最低の状況に陥りました。しかし日本はここから歴史上かつてないような奇跡的な発展を遂げます。日本人の持つ勤勉さや誠実さが大きく貢献しました。その結果日本は世界でも有数の経済大国に発展しました。東洋の奇跡とも呼ばれました。

しかし、戦後40年を経た86年ごろから高度経済成長はバブル経済へと変容していき、91年ごろからその崩壊が始まりました。そして、高度経済成長はそのバブル経済の崩壊とともに衰退しました。この失速した90年代を失われた10年と呼び、その低迷は残念であると捉える一方で、それは経済発展の少々長い踊り場と捉え、また次の発展があると期待していました。

しかし、日本経済は再び復活するどころかその低迷はさらに悪化し今では失われた20年とも言われています。その低迷の間に同じアジアの韓国や台湾そして中国が大きく発展し日本の存在感は後退の一途を辿っています。その差は縮まり逆転しようとしています。ある面においてはすでに逆転され差が大きく開いてきているかもしれません。この状況を元に返すのは無理だとさえ思われ始めています。

日本は何を間違ったのでしょうか。

いや、間違ったのではなくこのことは自然なことであり、盛者必衰という言葉があるように日本の経済発展も盛者必衰の必然的なサイクルにはまっただけのことでしょうか。

このことを考えてみるうえで一つ参考にすべき考え方があります。

それは大きなものは小さなものからできているというごく自然な考え方です。大きなことをなそうとすれば、小さなことを積み重ねなければなりません。

孔子は言いました。修身斉家治国平天下と。つまり、天下が平和であるためには、その前に国が治められなければならず、そのためには家庭が整えられなければならず、そのためにはまず個人が自分の身を正しく納めなければならないという考え方です。最小単位である個人が正しくできていなければ世界の平和はないというわけです。

日本は、勤勉で誠実な国民性を持っていました。逆境にも負けることなく、戦後の復興についても団結力でそれらを活かし切り開いてきました。貧しさにも負けませんでした。その結果大きな経済発展をもたらしたのですが、その絶頂において日本はどうなったでしょうか。貧しかった時のつつましさを忘れ、勤勉さと誠実ささえ忘れてしまいました。当時日本は世界からエコノミックアニマルと呼ばれました。貧しい時の精神が富むようになって失われていきました。お金一辺倒になりました。足るを知ることをわすれ、浪費するようになりました。傲慢になったのだと思います。その哲学が日本をバブル経済に突き進ませ、そして自滅していきました。

日本は貧しいことには負けませんでしたが、富むことに負けました。

経済においても盛者必衰が当てはまるように見えますが、それは必然なのではなく、貧しさには勝つが富むことに勝てない姿のなれの果てであると思うのです。

整理します。

経済で世界に奇跡を示した日本が、間違ったのは、貧しさには勝てたが、富むことに勝てなかったことだと私たちは分析しています。日本経済の衰退と大きな表現をしますが、それをリードしているのは政府であり、企業であり、その基本は個人です。その個人の哲学が、貧しい時のものと富んだ時のもので変わらなかったと言えるでしょうか。変わらなかったどころではありません。日本人が長い間培ってきた、勤勉さ誠実さが富むことと裏腹に失せていったことが日本経済の盛者必衰をもたらしたと考えています。

もう一つ主張したいことがあります。

頂点に立った時本来どうあるべきかということについてです。

日本は経済が最高潮の時、安さだけを求めて海外進出した結果、技術は流出していきました。その結果教えてもらった側が発展し日本に追いつくようになりました。ここまでは、まだ自然な流れですが、このことによって教えられた側が日本を師と仰ぎ感謝してくれたらよかったのです。しかし実際は、それらの国々も日本の経済力が高いうちは使われることに我慢していましたが、日本の力が落ちてきたのを見計らって対抗するライバルと化してきました。単なるライバルではありません。教えた側の日本に過去の歴史上の恨みを果たすのは今だと襲い掛かってきました。

頂点に立ったものはどのようにすべきでしょうか。

発展の途上においては、自己のエネルギーは自己の発展のために使いますが、頂点に立った時発展で得た富は他の発展のためにも使わなければならないと考えます。家庭において、自立と成長を続ける子供が大人となって知恵も力も付き人生の頂点に立った時、その力をもって家族を養い育てなければならないことと同じです。ただし、単なるお人よしではだめです。他国と共存できる信頼関係を構築しなければなりません。頂点における富はそのために使うべきです。労働力が安いからという理由だけで相手を使って自分が利益を得るだけでは、使った相手がやがて発展したときに反撃を食らいます。子どもを育てることと似ています。

日本は、経済大国となった頂点において、そのことに失敗しました。つまり、富むことに失敗したのです。貧しいときの哲学を捨ててしまい、富むものに求められるお金の使い方ができませんでした。

日本は失われた20年に終止符を打つことができるでしょうか。

失われた20年がさらに長くなり、永遠に失われることになるのでしょうか。

そのカギはこれから日本を負って立つ世代にかかっています。その世代の教育にかかっていると考えています。日本は戦後大きな発展を遂げながら、実はすでに衰退の種を作っていました。その衰退が形になるまでにも期間がかかったように、その再建にも時間がかかると覚悟しています。教育はすぐ成就するものではありません。面倒で手間がかかりますが、正攻法はこれしかないと考えています。

GLO:新日本総力機構が日本復活のカギは教育にあると主張するのはこのような理由によります。日本の復活はまだ間に合うと考えています。そんなに複雑な教育は必要ありません。日本人は頂点に立てる力を持っていることがすでに証明できています。そして衰退の理由はすでに分析がなされています。あとはそれを実証する子供たちが必要です。その子供たちを立派に育てるには、先生や教育の環境を整えなければならず、長い期間不屈の信念で継続することが必要です。これさえできれば日本は必ず復活できると考えます。

その環境をどのように整えていくか、そのモデル造りが私たちの挑戦課題です。